Jul 1, 2012
1+1=1 1
光と陰。静寂と雑音。破壊と再生。
精緻な物語世界は、いつも混沌の中に浮かび上がる。
それが矢崎だ。
記憶喪失になった兄、恋人になりたかった妹。うさぎと少女の寓話。
ドイツからやって来たバレリーナ、日本から恋人を探しに来た女優。ロンドンで紡がれる「ジゼル」。
その公開を記念して上映された「三月のライオン」(1991)と「花を摘む少女と虫を殺す少女」(2000)との対比も愉悦、矢崎監督の新作には、たった66分であることを感じさせない濃密な時間が流れていた。
壊れそうなこの世界で、人間はただ生きている。
何処にも行けない風俗嬢も、愛する者が自殺した中年男も、毎日壊しているからこそ人に優しくなれる解体業者も。自分のことが嫌いだから、自分のことを好きだと言う男も嫌いな女子高生も。
どうしようもなく凡庸な人々の日常を描いているだけなのに、なぜ観る者の心を抉るのか。それは登場人物の内に在るものがオーバーラップするから、スクリーンに投影されている世界が絵空事ではない、リアルだから。
ハルオもアイスも、ヴェロニカもカホルもサイモンもカズオも、だからただのフィクションではないのかもしれない。特異な物語ではない、あなたたちとおんなじなんだ。矢崎作品は静謐で狡猾だ。
しかし、じゅうぶんに理解する暇など与えられないままに上映は終わり、はたして観客には暴力に遭ったような感覚が残る。そして舞台挨拶で矢崎監督はぼそぼそと、「私の作品は観てすぐに泣ける、何かを感じるものではありません」と語った。「何度も観てください」と、恥ずかしそうに言った。
ああ、そうだ。私が「風たちの午後」(1980)に涙を流したのは、2度目に観たときのことだった。
1+1=1 1(イチタスイチハイチ イチ)
2012年 日本
製作・配給 株式会社映画24区
監督 矢崎仁司
出演 喜多陽子 粟島瑞丸 松林麗 気谷ゆみか 田口トモロヲ